常識は疑え

公の面前で大げさに吐露することにしました。

集中的に投入しろよ。

突然ですが僕は会社を退職することにしました。

決意した理由は、

人間関係

上司は部下を力で動かそうとします。本当にしょうもない仕事だったり、明らかに検証不足な事柄を実行しろと。。

 若造は黙って言うことを聞いて下積みせい!

なんて言う方もいるかもしれませんが、僕はそもそも下積みすることが個々の成長に最良の処方箋だとは思っていません。上司が自分が通ってきた不本意な道を美化して正当化して伝わってきたのではないかと。。

例えば、自分が刀職人だったとして、刀の形を作るまで10年雑用をやらされたとして、

もし自分がその育成に違和感を感じたとして、次に入った若造を1年で刀の形を作らせるようにするかと言われると、とてもそうは思えません。

不本意な自分の歴史(10年下積みをして時間を無駄にした)を正当化できるようにしなくてはならないこと。自分が10年かかった(本当ならもっと短くできた)ことを人にすぐはやらせたくはないはず。

下積みの文化にはそう言ったバイアスが働いているのかもしれません。

もちろん下積みの全てが悪いわけではないと思います。すぐに花形の事が出来ないから、技術を貪欲に盗む。抑圧された結果、いざ花形の仕事をする時に吸収するのが早くなるかもしれません。

しかし、その下積みの文化は、伝統を守るというところにかき消され、改善の機会を失っているのではないかと。

僕は仕事をしている中で、その下積み文化は正しいのかと疑問を感じた訳です。

教育体制が整っていない。ご都合主義。そんなものの温床だと。

人は良い教育をしてあげれば時間を無駄にせずとももっと伸びるだろうと思います。

人間は適切なフィードバックとその改善をリズム良くできればより集中力が高まるのです。

もっと 仕事→フィードバック→改善のサイクルが行き渡るようにしたい。と思いました。次はその研究も兼ねて大学院に行きます。

退職したら、勉強という下積みの日々です。もちろん課題→フィードバック→改善を繰り返しますよ。

僕は技術が進歩するのと同時に働くシステムも良い方向に変革すべきと社会人経験を以て感じました。

だから時間をお金で買いました。(退職の事)

この投資を無駄にしないように動きます。