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常識は疑え

公の面前で大げさに吐露することにしました。

失敗を評価する社会〜資本主義社会はリスクを取った者が勝つ

フジロックを挟んだ為、少し前の記事になるのですが、損失回避性が現代社会の若者の心をコントロールしている可能性を書きました。

そこで私は失敗した事を正しく評価する社会に移行するべきだと思ったのです。

 

何か新しいことにチャレンジして失敗したら叱られたり、叩かれてしまうのは損失回避性を増強してしまうと考えます。 

 自分の例を申せば、高校の時にバイトしたり、バイクの免許を取りたいと親に言ったのですが、危険だとか、学生の本分は勉強だ(間違っちゃいないけれど)とか言われて反対されました。

僕は人は若いうちからリスクコントロールの勉強をするべきなんだと思います。長期的に見れば、過保護に子供を育てた方が、子供は親の介護をしなくなるんじゃないだろうかと思います。親を引っ張っていけないでしょうから。

親は保護者では無く、適度な挑戦を与える者になる必要があると思うのです。

初めて自転車に乗れたり、逆上がりが出来た時の喜び(フロー現象を定理した心理学者 ミハイ・チクセントミハイの言葉を借りれば複雑化した自己)のような事を自立するまで与え続けるのが、親ないし学校の使命だと思います。目の前にワクワクする挑戦事がゴロゴロ転がっていれば、非行に走らないだろうし、イジメによって他者を抑圧しないだろうし、引きこもることも少なくなると思います。最も大人が常に新しい挑戦事に挑んでいる感じは乏しいですが。

アメリカのシリコンバレーでは、1度の企業失敗は勉強と見なされるのだそうです。

リスクを追って挑戦する事は素晴らしい事です。それが個々に行き渡る考え方、システム、教育を私は作りたいです。